スポンサーサイト --年--月--日 スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

~2/6 2011年02月06日 未分類 コメント:0

日本語で歌詞を書く時に、僕ではなく俺でいこうと思い、それが軸であると決めた際、随所に俺がでてくるようになった。
その結果、自分の事を俺と呼ぶ事にさっぱり違和感がなくなったのである。これは自分の中で大きな進歩である。

和歌山という街の話を少し耳にしたが、どうやら和歌山はタメ口の文化が根付いているらしい。信じてないけどね。

昔の昔、位の高い人間が平等でいこうと決めたらしい。あんまり信じてないがね。

でもそうらしいんです。

だが、この類の話はとても好きだ。
例えば、例えばだが、チャールトンヘストンの壮絶な人生を語りだす女性がいたとしたら僕の中では、もちろん最高である。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。