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~2/23 2011年02月23日 未分類 コメント:0

一番たちの悪いイジメは彼の所持しているポケモンを全て逃がした事だった。という記事を読んで笑ってしまった。笑ってしまったし、過去を思いだし、しんみりした。

僕にも彼の記憶が残っている。少林寺拳法をやっている彼に私の背中をおもいっきり正拳付きしてもらった事がある。もちろんあれは痛かった。その記憶。
小学時代にお金をかつあげていた者が、中学時代に形勢逆転するという出来事。

僕が体育館の二階からマットに飛び降りたら、すぐに女子がセンコーにちくった事や

隠れて離れ校舎のトイレでウンコをしにいくが何故か流さない生徒や

ピョリティーで煙草を吸う強者や。

その頃の僕は、24時間先生がどこかで僕を監視している気分だった。滅多にやらない悪いことをすればすぐに見つかり体罰を受けた。
ゲーセンは禁止だから和歌山を離れ河内長野のイズミヤでストリートファイターをやった時も翌日ばれた。
おまけに電子ピアノコーナーで僕が試奏してるとこも追跡され見られており、翌日褒められた。

小学校のピアノは音楽部やタチの悪い女子生徒が独占しており本当になによりもそれが気にくわなかったんだよ。



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~2/12 2011年02月12日 未分類 コメント:0

國村ジュンという名前が出てこないものだが、自力で過去の経験をたどり見事脳ミソを使い思い出す事に成功する。

クニムラジュンといえばとても真面目そうな俳優だ。

出てこないワードを思い出す時の自分の思いだし方スタイルがわりかし気に入っている。
俳優の名前なら関連する俳優、予告の映像のテロップ、エンドロール、雑誌の片隅の映像、漫画のセリフ…自分が経験してきた映像を振り返り、思い出す。
ただそれだけ。


今思い出せないのは笑点で紫の着物を来ている方の名前だ。思い出せない。ラクタロウ、エンラク、コユウザ、キクオウ、ウタマル、カツラ、シュンプウテイ、ヤマダ、
色々顔と名前を当てはめているがどうもしっくりこない。


ちなみにその方のお題のアンサーがどうも好きになれない。

ちなみに若手芸人とかの大喜利線で、絵で答えがちなタイプの人も好きではない。

最近は雰囲気笑いで番組が成立しているが、実際は面白くないと思う。

眼鏡がずっと見つからない。

そのおかげで裸眼の視力が上がった。

休みは火曜日だけという仕事習慣が続いている。

~2/9 2011年02月09日 未分類 コメント:2

「告白」を見る。

韓国映画を越えたと思いました。韓国サスペンス映画は何本か日本にやってきては、強烈な印象を残していきます。「カル」とか「親切なクムジャさん」とか、一度見ればみんなに記憶に残るような。
名作を生み出す韓国で、ハリウッドがリメイクよくしてますが、がちの名作は韓国から外国にはでていないらしいという噂を聞きました。真相は知りません。
告白、面白かったです。

~2/6 2011年02月06日 未分類 コメント:0

日本語で歌詞を書く時に、僕ではなく俺でいこうと思い、それが軸であると決めた際、随所に俺がでてくるようになった。
その結果、自分の事を俺と呼ぶ事にさっぱり違和感がなくなったのである。これは自分の中で大きな進歩である。

和歌山という街の話を少し耳にしたが、どうやら和歌山はタメ口の文化が根付いているらしい。信じてないけどね。

昔の昔、位の高い人間が平等でいこうと決めたらしい。あんまり信じてないがね。

でもそうらしいんです。

だが、この類の話はとても好きだ。
例えば、例えばだが、チャールトンヘストンの壮絶な人生を語りだす女性がいたとしたら僕の中では、もちろん最高である。

ハイウェイ 2011年02月05日 未分類 コメント:2

ハイウェイに乗り込む時、最近radioheadを聞く。何か無性に合う。

自分的には通常音量で聞いているつもりのイヤホンからおそらく音が漏れてしまっている。俺は音量を下げる。私は気づけば音量を下げるタイプの人間だ。
集団で何かを決めた事があるとしたらそれの実行は一瞬だ。誰かが誰かに委ね、誰かがやるであろうと自分を甘んじ、そして決められた事でさえ消滅していく。私はそれに気づく人間だ。なにせ生粋のキニシストであるからの由縁。

どこかで火が燃えていたら、車内に不振なカバンがあったら…。それらの危険性を気にしていない人ばかりなのである。幼少の頃からそういう疑問を覚える。そして私は影でそれを処理しているつもりだ。わざわざ書くだけあってこれは偽りではない。

気にしない群衆という描写が漫画のガンツやアイアムヒーローなんかで大袈裟に描かれているが、そういう感じなのである。

品の無い情報がそういう体を作り出しているのかもしれない。小さい頃TVでかなりの未成年がかなりの未成年をバラバラにした事件があった。

あの時、チャンネル6のニュースでは、その出身校の教育を責め立てていた。司会者がわりかしがっつりした形相で責め立てていた。学校の教育が少年をそうさせた。と。

僕は非常に滑稽だと思った。
そして誰も神にはなれないと僕は悟った。

そしてそれらも忘れ去られ消滅していく。

私はそれらを歌詞にしておいた。忘れない為にも。

考えない日をためるとある日考える日がやってきて、考える内容がわりと現実味かもしだすね。
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